旅行・地域

2013年8月25日 (日)

雨に霞む田沢湖一周のウォーキング  後編

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 御座の石到着11時40分。ここで今日初めて大型観光バス5台が続けざまに僕を追い越す。おみやげ屋、トイレにも立ち寄らず速度も緩めず走り去ってしまった。

 御座の石鳥居のそばに大きなあずまやがあるので、そこで昼食を摂る事にする。オニギリ2個と菓子を少し、サーモスの熱い湯でコーヒーを飲んで空腹を満たす。食事の時、定期バスがすぐそばの停留所に止まる。車内を眺めても誰もいない。5分程で発車。おみやげ売り場食堂前に乗用車5台程、丁度昼時なので立ち寄ったのだろう。

 ザックを背負う直前に年配の女の人がこのあずまやに入ってきた。湖面を眺めていて何を感じているのか、僕をちらっと見るような素振りを逃さず僕が「こんにちは」と声を掛けると、元気よく「こんにちは」と返してくれてほっとする。それに続けて何か言っているような聞き取れない言葉を聞き流し歩き出す。

 食事の時、ちょっと寒さを感じ雨具と防水の手袋を着用する。雨にも少し汗にも濡れたTシャツに雨具を着込むとそれが意外と温かく、GORE-TEXだからかなと思ったりする。雨はまだ降っているが湖面も所々広く眺められるようになる。2ヶ所の発電所の放水が道路を横切り湖面に勢いよく合流している。

 いよいよ終点も近づき、レストラン、ホテル等が点在、右側にある老いた松を見上げながら湖岸を見やると、ここら一帯は湖岸からこの道路沿いまで湿原が広がっている。田沢湖の岸辺は砂場と岩、石が大半で湿原はここにしかないように思う。


 遊歩道も見えて、ここは一風変わった風景である。ボート乗場付近にカップルらしき人影が二組ほど傘に湖面を眺めている。

 駐車場着1時25分。相変わらず雨降りである。所要時間5時間30分。軽ワゴンの車内で着替えを終え、温泉でさっぱりしようとここから7km程の水沢温泉に向かうことにする。
     梅雨空に   波の音だけ   岸に寄せ

     霧晴れず   乙女の心   もどかしく

     細波と   赤い鳥居の   御座の石

     廃校に   昔を偲ぶ   山里の

                     武男

雨に霞む田沢湖一周のウォーキング  前編

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 前日7月10日3回目の鳥海山登山の計画が、ものすごい悪天候のため象潟口五合目鉾立駐車場で車から降りることなく引き返してしまう。

 今日7月11日、どんなに悪天候でも道路のしっかりした湖畔巡りだったらと、又雨天の日の湖はどんなだろうかとそんな思いにも駆られ湖畔春山第2駐車場に到着、ザックには3kg程のブロック片と昼食、熱湯のサーモス(1,000ml)水(500ml)お茶(500ml)お菓子、雨具を詰め込んで赤いザックカバーで、上着は長袖のTシャツ一枚とズボンは登山用ニッカでストッキングに登山靴のいでたちで、まずは傘を片手にアスファルトに靴音を響かせて7時55分、左回りに巡る事にする。

 湖畔一周は21kmある。早朝の広い駐車場には観光客らしい人影はまだ見えない。雨を傘に感じながら急ぎ歩調になるのを抑えるように歩幅も狭くゆっくり歩くようにする。登山道は木の根、落葉、岩石を踏んだり避けたり急坂ありの多様な動作があるが、長時間歩きの舗装の道路では歩調を早めて多様な動作のない分意外と足腰に負担を掛ける事がある。地面の硬い単調な歩行が、登山を終えた時と違ったリスクが舗装にあると思う。

 両側のうっそうとした樹木に見つめられているような、時折り狭い空を仰ぎ見たりしながら県民の森の表示が現れて頭上には大きな辰子姫まで9kmの案内板がある。湖は木々の間から湖岸に打ち寄せる波音だけ、湖面を広く望むべくもなく一面霧が湧いているような、それとも薄い雲が垂れ込めているのか、今日の湖は今まで展望した事がない雨の湖の風景である。

 道路は緩やかでもアップダウンを繰り返し、上田子の木の停留所に着く、9時00分。一坪ほどのバス停待合室でポーチから飴玉を取り出す。ここら辺りは集落もある。展望も大きく開けた所であって左折して車で5分の所に今は廃校の分校舎がある。湖面広くは見渡せることなく、雨も止むことなしに降っている。ザックカバーから滴る雫がズボン後ろの方に少し浸みてきたようだ。

 ここからは少しキツイアップダウンを繰り返し10時20分、辰子姫到着。雨の辰子姫、今は水嵩もあり、姫の台座まで静かな波が寄せている。ここで予定はオヤツと決め込んでいたのが、どこも雨で濡れているため腰を下ろせる場所もなくトイレに立ち寄ってすぐさま御座の石を目差し出発する。飴玉2個口に放り込む。

 横行する車両は建設関係の大型車と運送業の中型車、ほんの時折り観光と思われる乗用車が行き交っている。観光大型バスは今は全然見えず、悪天候のせいかそれとも本格的なシーズンでないからか、この神秘の湖もさびしい限りである。御座の石までの途中、所々に右手が開けて湖面岸辺が少し望む事が出来た。

それに遊覧船のエンジン音も聞こえてくる。道路左路肩では草刈り作業をしている。草を刈る人3人でその草を掻き揚げる人が2人いる。僕の姿など目にも止めないそぶりで作業をしている。
(後編へ続く)

2012年2月23日 (木)

雪国の暮らし  その2

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 暦の上では春とはいえまだまだ寒い毎日が続いています。今年は例年にない程の大雪に見舞われ、屋根の雪下ろし、下ろした雪の処理等、少々うんざりしているところです。朝、近所の人との挨拶も「まんず毎日よく降るんしなぁ・・・」と合言葉になっています。

 家の近くの市道幅6m位ありますが、朝7時頃には除雪車が通り通勤車両も順調に流れています。時には強い吹雪の時等視界の悪い時はライトを点灯し低速でノロノロ進行しています。

 僕の家は集落の外れで次の集落まで南方に800m位ありますが、この区間は両側田んぼで人家もなく、全くの吹きさらし、両側は除雪の雪でうず高く1.5m位の壁になっています。

 吹雪の時は道路上に吹き溜まりが出来ますが、今は早速に除雪車が駆けつけてくれますのでほとんど通行不能になることはなくなりました。今の除雪車は前の方が螺旋の回転でその削り取った雪を遠くに放出させるものと、従来からのラッセル状の除雪車が交互に活動しています。

 ここでちょっとこの道で良く遊んだ僕が小学生の頃をお話したいと思います。その頃は大きな荷物を運ぶ馬橇(ばそり)が幅を利かせていました。大曲から角館町に色々な荷物を積んで何橇も連なって毎日のように通って行く様は子供心にも頼もしい事のような感じがしていました。

 馬主は荷台の前の小さなコタツに背を丸めるようにして手綱を操り、馬は慣れたいつものようにゆったりした歩調で進んで行き、馬橇が通る時は僕達は脇の雪を踏み固めて通り過ぎるのを見送っていました。

 馬橇も朝角館方面に行って、荷物を降ろして帰ってくる時分、僕達はそれを待っていて馬橇の後に馬主に分からないように2~3人腰を掛けて両足をぶらぶらさせながら大分遠くまで乗って行った事もあります。でも時には乗ったとたんに怒られる事もありちょっとスリルを感じることもありました。

 この頃の僕の集落には高齢の方もいましたが、それにもまして子供達が大勢いました。

 この道はその頃、大曲、角館間の県道としてのちにはバスも通行し、一時賑わいもありましたが、現在はこの道路に代わり大曲市街西側に本荘-大曲-角館-鷹ノ巣と結ぶ国道105号が整備され、それと交差して国道13号バイパス(秋田-大曲-横手-山形)が大曲市街地の東側に伸びて秋田自動車道のインターも近くにあり、大曲市街、郊外もここ数10年で機能的に大きく様変わりしています。

 今2月も中旬を過ぎ方々の雪祭りも終わりを告げて、まもなく3月です。雪の方も少しは落ち着いて気温も少しは変化の兆しも見えてくると思いますが、それでもお体には充分お気を付けてお過ごし下さる様お祈り致します。

      軒氷柱   暦の春は   まだ遠く

      屋根の雪    又も下ろして   仰ぎ見る

      起きがけに   玄関前の   雪を見る

                               武男

2012年2月 2日 (木)

雪国の暮らし

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 いつもお米をお買い上げいただきありがとうございます。

 毎日の寒さ厳しき折り、早くも2月になりました。田んぼは厚い雪の下で眠っていて、見える所一面の銀世界です。今は連日のように雪降り続きで、まず朝除雪車の通った後の、家、小屋の出入り口部分の雪よせが朝食前の日課になっています。時には午後も雪よせすることもあります。屋根の雪下ろしは1月中に1階の屋根は3回、2階の屋根は2回下ろしました。新年早々の1回目の時は、帰省中の息子にも手伝ってもらいました。

 昨年もそうでしたが、雪下ろし作業中の死傷事故が多発しており、市の広報等でも繰り返し注意を呼びかけられています。私も今年から雪下ろしの安全のために万全を期することにしました。

 まず、一階の屋根から高さ1.5m位の所に屋根の右、左側と梯子用の3箇所に丈夫な金具を取り付けて、梯子を2階の屋根に立て掛けた時、根元が滑らないようにロープできっちり固定し、横振れもロープで完全に固定します。2階の屋根に上がった私は、腰の安全帯のD環金具にロープを結わえて、大体屋根上の作業範囲を決定してロープを妻に1階屋根上の金具に結んでもらい作業を始めます。それと落下転倒の際用にミドリ安全製のヘルメットを着用しています。体に結わえるロープは私の場合、9m/mの登山用のザイルです。山では持参していても使用したことはありませんが、使い安さは抜群です。

 雪下ろしの道具としてスノーダンプを使用します。両手で持った先に雪が乗るようになったもので力強く押し込んで手前に引いて屋根から落下させます。その時に誤ってスノーダンプと一緒に自分も落下しないようにザイルがその防止をします。屋根は普通の右、左と傾斜になっていて、右側の雪下ろしの時はザイルは左側に固定されています。妻は私の作業中、1階の屋根にいて、私の作業を見守りながら2階から落下した雪を少しずつ軒先から落下させています。この落下させた家の周りの雪も1階の軒先に近づく位になりそれもさらに外側にスコップではね退けなければならなくなります。

 今は南側に少しある庭木は雪に埋まったようになっています。車庫、作業場二棟の外、畑の方にも小さな物置小屋2ケ所あります。これらは時折りの暖かい陽射しに屋根の雪が自然落下した雪も軒先から取り除かなければなりません。

 私は朝食後7時30分過ぎから5kgのブロックを背負ってのウォーキングが日課になっていますが、屋根の雪下ろしや屋根下の雪よせ等長時間作業に及ぶ時はウォーキングを休むことにしています。

 今2月に入ったばかりですが、まだまだ降ると思います。これを書いている今、外は風が強く、吹雪になったのかそんな音が聞こえてきました。

 春分も過ぎ、中旬間近になると雪祭りが方々で始まります。その頃には雪も少しは落ち着くと思いますが、皆さんまだまだ寒い日が続きます。どうかお体を大切にお過ごし下さる様お祈り致します。

  雪晴れの   屋根を見上げて   目で計る

  冬の暮れ   鴨が飛び立ち   波の音

  ボタ雪が   川面に向って   落ちてゆく

               武男

2011年3月 9日 (水)

横手のかまくら

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 2月11日横手のかまくら前夜祭に久しぶりに出掛けることにしました。
 目当ては横手のシンボル横手城のかまくらに予定を立てて、まずは城に近い駐車場にに到着、ここは城の東側になった所で、城まで5~6分のこの駐車場には私が到着してからも次々と観光客が訪れていました。私は一寸下見をと思い、城の横手公園に上がってみました。
 城とその前階段の登り口両脇にかまくら2基と手前一段高い所にも2基、城の間近左寄りに2基のかまくらが作られていました。カメラマンの方が1人、城を真正面に三脚を構えていて、外にはほとんどまだ写真の準備をする人はいませんでした。でも見物客は多く、城の見学等子供連れも多くいました。城をバックに子供連れ、幼児連れの人にシャッター押しを頼まれたりして私も微笑ましい気分を味わう事も出来ました。
 城の内部見学も今回は100円とのことと、祝日でもあり一段と賑やかさを増していたように見えました。
 城の回りも散策してひとまず車に戻りました。かまくらに灯がともるのが6時からとのことでまだ2時間もあります。こんな時にはホームページのお知らせ版の原稿を書いたり、下手な俳句を考えたり演歌を聞いて一寸感傷的になったりでまもなく時間がたってしまいます。
 6時を過ぎて公園に上がってみますと、かまくらには灯がともり通路脇のミニかまくらにも灯がともり観光客も多くなって来ました。かまくらの中の子供達との触れ合い、お餅を焼いたり、甘酒をいただいたりの体験希望者がどのかまくらにも列をなしていました。
 私の写真には城はよく写っていませんが、ライトアップされて城とかまくらとの調和、横手市ならではのゆったりした情緒あふれるふる里の観光地、そんな印象を受けました。
 この公園を後にし8時頃市横手地域局前のかまくらにも駆け付けました。6基以上あったと思いますが、ここでも体験希望者の列がどのかまくらにも長く続いておりあらためて横手雪祭りは冬の東北を代表する祭典だと思いを強くしました。
 9時頃又横手公園に戻り散策を追え車に戻りました。
 10時頃家に着いて妻に色々語らいビール一本空けてしまいました。

             かまくらに   ミニにもともり   雪の里

             甘酒を   お客にすすめ   子の笑顔

                                         武男

2011年3月 8日 (火)

男鹿柴灯祭り

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去る2月11日数年ぶりに男鹿の柴灯祭りに行ってきました。祭りは11日~13日まででしたが初日午後出発し、この時は天気もまずまずで気温も低くなく久しぶりの長距離ドライブが出来る思いと、盛大な祭りの期待との思いを重ねながら気分良くハンドルを握りました。大曲から国道13号線は走行車線にほとんど雪はなく、秋田の7号線に合流、それからは全く雪はなく101号を男鹿に進み、トンネルを抜けて北浦ナマハゲラインに折れてひた走り、左に新山神社を目指しました。
 まもなく新山神社近くの駐車場にと思いきや、もうこの時は第三駐車場に案内され駐車料1,000円を徴収されました。今回初めての徴収でしたが、ここから祭り会場までの距離を思うと少し高価な感じがしました。私の隣に長野ナンバーの車が駐車したので、1人の中年の男性でしたが、声を掛けようと思っているうち足早に行ってしまい掛けそびれてしまいました。 この時4時過ぎだったと思いますが、もうすでに第三駐車場も締め切られ第四駐車場に案内されていました。
 男鹿駅と温泉郷からの臨時バスも2台も連ねて満員で運行していました。第三駐車場から鳥居を潜り暫くの参道を右側の石段の奥のなまはげ館、その左の伝承館と一際明るく観光客が大勢列をなしていました。折りしも16時から両館とも入場無料でしたからそのこともあったと思います。
 まもなく右側の石段を上がり、真山神社、社殿手前本部テント前で48回なまはげ柴灯祭りのパンフレットをいただき、社殿左側の山から駆け下りる石段の下に逸早くとの思いで三脚を据付けては見たものの、その時はほんの2~3人のものだったと思っていたのが、瞬く間に大勢になってしまいました。
 今回は仮設パイプで立見席2ケ所も設けられていました。私はなまはげが降りてくる階段の一番よく見える場所に陣取っていた積りでしたが、社殿の世話人らしきかなりの年配の人が、私にこの場所は太い杉木立の陰になってなまはげの勢揃い姿が見えにくく、左の方に寄った方が良い写真が撮れるだろうと耳打ちしてくれました。
 数年前になりますが今まで2回も写真を撮りに来た時と、今日の全然様子の違いに気が付いた時には大分遅きに失した感がありましたが、どうにか左寄りに移動して位置を確保することが出来ました。案の定すぐ後と横のカメラマンに見えないぞ、等と声を掛けられましたがこの一画の場所に一番早くからの陣取りに免じてと自分勝手の解釈で今回初めての入魂の儀の写真を撮ることが出来ました。
 この19時からのなまはげの入魂の儀は、社殿奥の山から石の階段を降りて来た15人のまだ面を付けていない鬼たちにここで儀式を行い、赤い面と青い面とを代表の鬼に神主さんが渡した所で、一斉に赤青の面を付けてさっき降りて来た石の階段を駆け上っていく、これが入魂の儀だったのです。
 私の次の目的は、19時55分からのなまはげ下山の儀です。広場の右奥の下山道になまはげが松明をかざし雪山から降りてくる勇壮な姿を1枚のチャンスに託す、まあそんな心境で降りてくる真正面に陣取っていました。まもなく両脇の篝火にも点火され、舞台は整いました。下山間近19時55分遠くの山並みからウォーウォーと雄叫びを上げながら目の前の下山道に近づいてきました。先導に続いて松明を掲げ雄叫びを上げたなまはげ達が篝火の火の粉を舞い上げ、目の前を駆け下りてきた刹那、デジカメかストロボかの何らかの不手際で発光されませんでした。映像がなくがっかりしましたが、又来年くればいいやと強がりをつぶやいた積りが寒さで口をもぐもぐさせながら、まずは母さん達のうどんを食べることにし、食べ終わって今度はソバも食べました。広場の柴灯火ももう大変な勢いで、広場のスピーカーも柴灯火に当ると一年間無病息災だからと大きく響かせていました。
 なまはげ達は雄叫びを上げながら観客のもとに降り立ち、境内を練り歩き護摩餅を配ったり行事で観客も最高潮、広場の奥神楽殿ではなまはげ行事の再現、なまはげ踊り、なまはげ太鼓等の催しにも大勢の観客の賑わいを見せていました。
 臨時バスの帰途の時間案内のアナウンスも数回あり、8時20分過ぎ、静かにフィナーレを迎え、中央の柴灯火も勢いをなくし、観客も疎らになってしまいました。
 この広場はそんなに大きくなくとも、その分なまはげと観客が一つになって熱気あふれる独特の祭典に心温まる思いがしました。帰り際、明日も来ようかなとふと思いましたが、ここは一旦家に帰ってからにしようと車に乗り込みました。

       松明に   ゆらめく   鬼の男前

       雄叫びの  鬼の顔見て   子の叫び

                            武男

2011年3月 2日 (水)

桧木内の紙ふうせん

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去る2月10日仙北市桧木内の紙風船会場に久しぶりに風船上げの写真をと思い出掛けることにしました。
 午後2時過ぎ出発して途中角館の46号から105号に入って西木村から山間部に入ると間もなく雪の回廊でした。大曲の方より角館方面はいくらか降雪量が少ないことは聞いていましたが、屋根の量を見ても私の方はもう2回も降ろしているのにぐんと少なくていいなあと思いながら、会場に最も近い駐車場に係員の指示に従って駐車して一旦会場の下見をすることにしました。
 会場に入って左側の雪の盛り上がり台地になっている場所を確かめて安心する、この台地は会場の方で準備したものと思いますが、1.5m位の高さで風船上げの会場を一望出来る写真撮影用の絶好の場所なのです。
 三脚はまだ三ヶ所しか立っておらず、もっと遅くなってもいいだろうと思いながら辺りを見渡して仮設の案内所に続いて飲食店がずうっと東側から南側に並んでいました。
 6時近くになり再び会場に、今度は雪の丘に人と雪を掻き分けて三脚を据付けました。
 会場の中心には大きく円形に薪が積み上げられ燃えさかり、西側には紙風船屋形があり、風船上げの合間に踊り、太鼓の催しがありますが、もうすでに観客で賑わい始めていました。
 北側には国道105号線沿いになる道の駅があり、すぐ後に内陸線の電車も時折走っていて、風船の上がるのと電車の走りが重なった時、この場所ならではの風情が印象的でした。
 6時から風船1回目が上がり全部で100個とか言っていましたが7時、8時、8時半と大空にゆらりゆらりと舞い上がっていくのを観客も私もいつまでも眺めていました。
 夜空を彩る情緒豊かな古里のお祭りに大勢の観客の感動のざわめきも覚める様子もなく、まもなくとどめのような大きな音と共にきらびやかな花火が打ちあがり、輝きを残しながら終了しました。
 7時過ぎ、母さん達の店でうどんとトン汁、地元弁を交わしながらいただきました。
 雪の丘からいい写真をとねらっていましたが、雪も激しく降り注ぎ、それでも少し写すことが出来ました。

           雪国の   ふうせん上がる   西木村

          どこまでも   紙ふうせんの   雪の空 
 
                              武男

2011年2月25日 (金)

2011年2月15日 大曲の小正月

もう2月も中旬になろうとしています。屋根の雪も3回目を下ろして4回目も覚悟しなければと思っているところです。辺りの雪も多く積もり、軒下には雪がつかえてそれを取り除くのも2回~3回行いました。
 旧1月15日は小正月といって家庭では一寸したお祝いをして方々で小正月行事が行われます。

 大曲でも諏訪神社の鳥子舞と大綱引きがあります。その当日は午前から境内左側に仮設の舞台が設けられ、鳥の冠を頭に載せた神主さんが祈願・祈祷の後、4尺位の御神木を細い角状に横に切れ目の入った2本を大勢の観衆に放り投げるよう何回か左右に焦らすようにして一気に放るものですが、貴重な縁起物のこの御神木の奪い合いは主に男同士の壮絶な光景が繰り広げられます。

 御神木には切れ目が入っている為、奪い合ううちに細かく短くなります。それでも散々に奪い合いは続きます。
 僕も必死に揉まれながら切れ目3個分手に入れたことがあって、それを酒屋さんに持って行きお酒を何本かいただいたことがあります。若い頃、仲間4人での収穫でしたが、鳥子舞行事は午後3時過ぎ終了して、その夜は大曲の大綱引きが行われます。
 場所は寺町十字路を境にして上町下町とで引き合いが繰り広げられます。十字路の横に高さ5m程の櫓(やぐら)が設けられ拡声器で陣頭士気も大いに盛り上がり、大勢の見物人全員参加で開始されます。
 どちらが勝っても、今年はお米の値段が上がるとか、豊作間違いないとか誰ともなく言い合って夜9時過ぎには僕と父と口数も少なく雪の降る夜道を歩いて帰ったことをほんのり覚えています。

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それから数日後、大曲の西側に接する旧花館町に梵天奉納祭りがあります。
 この地域は、玉川を挟んでの各集落から16~17本の梵天が雄物川を渡って奉納されるもので、渡し舟に3~4本の梵天と集落の若い衆と船頭との勢揃いで川を渡る風情が、、川幅の雄大さとゆったりした流れに、奉納先の西山を写しての情景に見物客も大勢押しかけます。また、カメラのシャッター音も長く続きます。
 僕の妻は大曲から玉川を渡ってすぐの所から嫁いでいるため、この日になると自分の生まれ育った集落の梵天を一目見なければと毎年訪れています。

      母想う   川の流れに   雪が降る

      今頃に  母の言葉が   身にしみて

      梵天と   川面に映る   船縁(ふなべり)が

                              武男

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